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スイスに住む 犬のつれづれ日記

どら焼きは国境を越えて

近頃、人間社会のルールも少しずつ理解し始め、分別のある行動も増えてきたと自負する私なのですが・・・

 

今朝はやってしまいました。

 

 

何を苦しい言い訳を、と責められるのは覚悟の上で言わせていただきますが、これは私だけの罪ではないのです。

 

今日はいつもの散歩時間になっても、ママは一向に私を連れ出してくれる様子はなく、それどころか、私がしおらしく待っているのをいいことにスルーし続け、たまに「もうちょっとしたらねー」などと気のない声かけで誤魔化し続けたのです。

そのような邪険な扱いに耐えかね、とうとう私も、己の権利を主張すべく、台所ふきんの噛みちぎりデモを起こすに至ったのでした。

 

ああ、やっと外に・・・気持ちの良い朝の太陽を浴びてビタミンD産生。

待ちぼうけを食らったのですから、やりたいようにやらせていただきます。
びしょ濡れは困る?そんなに嫌なら後ほど貴女がお拭きなすってください。

 

散歩の後、和解して分かったことですが、今朝ママは、次男坊ちゃんのリクエストに応じるべく、日本のおばあちゃんから送ってもらった「桜でんぶ」入りのお弁当作りをされていたようです。

 

そのお弁当を見た次男坊ちゃん「ウォー!!ありがとうー!ママー今日のお弁当5億点!」と大喜びでした。子供を狂喜させ、5億点!と言わしめるほどの弁当。その中身とは。

 

お弁当箱の半分には、次男坊ちゃんの大好きな桜でんぶが、なんの形も作り出さずにまだらに振り掛けられただけの白ごはん。残り半分には、無造作にぶった斬ったソーセージを焼いたもの、長方形になりきれなかった台形風甘い卵焼き、ちょっと茹で足りない硬めのいんげん胡麻和え、時期外れのくせに無理やり買ってしまった熟れてないミニトマト、が詰め込まれておりました。

 

ママは坊ちゃん達がお弁当で狂喜してくれるたびに、日本でハイレベルなお弁当作りに煩わされなくても良い自分の強運を噛み締めるのでした。

 

今住んでいるフランス語圏の学校では、なんの変哲もない塩おにぎりに個別包装された味のりを持って行かせただけでも、クラスメイト達に「すっげ〜!お前、こんなの食べれてめっちゃラッキーじゃん!」と羨ましがられ、中には「君たち兄弟のお弁当を見るたびに、美味しいそうで羨ましい。」と言ってくれる先生もいるそうです。

日本のお母さん方の本気弁当を見たら、こちらのみなさん、どうなることでしょうね。

 

ただ、スイス国内でも、地域によって日本のお弁当に対する意識に違いがあるようでして、ママや坊ちゃん達、ただ、おいしい思いばかりをしてきたわけではありません。

 

ドイツ語圏チューリッヒに引っ越したばかりの頃の話です。長男坊ちゃんが遠足に出かけることがありました。

 

ママ、まだドイツ語があまり話せない長男坊ちゃんのお友達作りのきっかけにと、頑張ってスイスでは手に入りにくい枝豆やら、ハムチーズやら、色々買い込み、日本のお弁当グッズを駆使して彩きれいな手の込んだお弁当を作りました。きっと、スイスの子供達が興味を持って食べたがるだろうから、卵焼きも多めに・・・とたくさん作って詰めました。

 

ところが、帰ってきた長男坊ちゃん。浮かない顔をしています。ママがお弁当、どうだった?お友達できた?みんなで楽しく食べれた?卵焼き分けてあげた?と聞いたら

「いや・・・みんなサンドイッチとかパンとかポテトチップとかばっか持ってきてた。お弁当見せたら、何これって変な顔されて、卵焼きいる?って聞いたら、いらない・・・って。」

 

それからも似たような場面に何度か遭遇し、ママは心折られ続けてきたのでした。

そしてある日、誕生日にクラスで配るお菓子は、手作りマフィンやケーキよりも、コッペパンみたいな安い市販のパンに、これまた市販の安いチョコレートバーをブッ刺したのが一番人気だと知った時、ママ、心に誓いました。

 

学校に持って行く食べ物には、金輪際、手間暇かけねぇ。

 

ところが、フランス語圏に引っ越してきてからというもの、どういうことでしょう。

日本に興味がある子のなんと多いことか。漫画の影響でしょうか。坊ちゃん達に日本人の血が入っていると知っただけで、興味を持って話しかけられることもあるそうです。

おにぎりも、卵焼きも、味のりも、漫画の中で見ているのでしょうね。憧れられるみたいです。

 

同じスイスでも、ドイツ文化の影響を受けたドイツ語圏と、フランス文化の影響を受けたフランス語圏。言語の違いだけではなく、そのメンタリティーもこんなに違うのか、と面白いです。実際住んでると、面白いだけじゃないこともありますがね。

 

チューリッヒ時代の痛い経験から、食文化に興味のない輩にはパンとソーセージとじゃがいも食わせときゃいい、と胡座をかいていたママですが、フランス語圏に来てから、近所のスーパーでもどんどん増え続ける日本食材ラインアップを見ていると、これはちと、これまでとは様子が違うぞ、と襟元正すことになったようです。

多少プレッシャーが生まれたものの、美味しさを分かってくれるがいる子供達がいるのはママにとっても嬉しいことで、作りがいを感じているようです。

 

そして先日、そんなママに羽が生えて飛んでいってしまうほど嬉しいことがありました。ーとはさすがに大袈裟でしたが、それでも実際、気持ち五ミリぐらいは宙に浮いていたんではないでしょうか。

 

さて、ママを嬉しさで5ミリ宙に浮かせたものとは・・・

 

 

このぺったりのっぺりどら焼きです。

 

インスタ映えなど知ったこっちゃない。ハッと気づいた時に慌てて撮った一枚。

なぜなら、あまりの嬉しさで、ママはこのどら焼きを手にした瞬間にかぶりついてしまって、もうすでに半分食べてしまっていたのだから。

 

これ、長男坊ちゃんが、「Dくんからママに。」と、学校から持ち帰ってくれたものです。

Dくんとは、会ったこともない、ママの美容師さんの息子さんです。

 

先日、美容師さんが貰ってきてくれた大野将平さんのサインのお礼にと、ママは「じゃがりこ」を長男坊ちゃんの同級生である息子さんDくんにお裾分けしたのでした。

そのまたお礼に、料理好きのDくんがスイス人のお母さんと一緒にどら焼きレシピを探し、試作したものをママにくれたのでした。

そのお味は・・・美味い・・・まさに正真正銘のあの庶民的などら焼きだったのです。

 

まさかスイスで、スイス人 の少年がどら焼きを作ってくれる日が来るなど、あの食の黒歴史を引き摺るママには想像もできなかったことでした。

その時ママは、こんな訳のわからない時代にも希望はまだあるのだ、世の中捨てたもんじゃない、と誰彼ともなく感謝したい気持ちになったそうです。

この辺のママの思考の飛躍には、私ちょっとついていけませんが。

 

それにしても、なぜ、どら焼きだったのでしょう。

なんだか、どら焼きっていうのが、いいですね。

どら焼きといえば、ドラえもん

昭和の平和な夢と希望に溢れた日本の漫画。

国境を越えて愛される存在。

 

ママ、ドラえもんとどら焼きの組み合わせにほっこりしながら

ふと思い出したことがありました。

 

昔、直島で住んでいた頃、家の電気工事に来てくれていたおじさんが

テレビでアンパンマンを観ている、当時まだ幼稚園児だった坊ちゃん達の姿を眺めながら

アンパンマンはええな。丸いのがええ。何でも、丸いっていうのは平和でええんや。」とニコニコしながらママに話しかけてきたこと。

 

丸い。平和。ええ。

 

電気工事のおじさんが繰り返されたその言葉。なんてことはない日常の中で聞いただけなのに、ママの心にはずっと残っていたようです。

 

ヨーロッパの子供達の間でも流行っている昨今の漫画とアニメ。

ディストピア的で大人びた作品が人気のようですが、またいつか、国境を越えて愛される「丸く」て「平和」で「ええ」漫画も、思わぬ時にふと現れて欲しいなってママは思っているようです。

 

このどら焼きみたいに。