「もういやー!なんで申し込みなんかしてもうたんや〜!」
11月に入ってからというもの、ママのこの雄叫びを何度耳にしたことでしょう。
そのたびにパパや坊ちゃん達が
「大丈夫、失うものはないんだから。」
という、励ましとも慰めともつかない言葉をかけられておられました。
ママ、フランス語圏に住み始めて4年目。
面白おかしく楽しくフランス語学校に通っていても、どうも進歩している実感が得られないので、ちょっと自分に挑戦してみようかな?と軽い気持ちでDELF B2というフランス語試験に申し込まれたそうです。
語学試験なんて25〜30年ぶりくらいのママ。ちょっと悩ましいレベル選び。
既に2年前、フランス語の先生からB1レベルは問題なく受かると言われていたらしいのです。なら、次のレベルB2行っとくべきかな、と。
まあ、普通そうなる流れは理解できますよね。
模擬試験を受けられてみたら、
4つのパートのうち2つ「リスニング」と「読解」は、なかなかの高得点。
こりゃいける!と好感触だったそうです。
・・・が。この試験にはママが若かりしころ受けていた英語試験TOEFL やTOEICには存在しなかった、自己採点しようのない「作文」と「口頭試験」が含まれていたのです。
さすがに一瞬怯んだようなのですが、そこは伊達に中年おばさんやってないママ。
「かつて日本の熾烈な受験戦争もくぐり抜け、大学院留学もやってのけた私。しかも2回の難産も乗り越え、一度などは生死の境目から這がってきた経験もある。その後だって大陸をまたぐ引っ越しを繰り返しながら、エネルギッシュな男子二人を育ててきた。語学試験なんて、半世紀近いこの人生の中では軽い肩慣らしみたいなもの。」
と、なかなかの強気で試験勉強を始められたのですが・・・
対策本の中に書かれた "あなたは、これできてる?" という「作文」と「口頭試験」の合格基準の項目を読み進めていくうち・・・
・・・いや、できてません。
・・・あれ?ひょっとして、B1とB2の間にはすんごいレベル差があるんではないかい?
と、嫌な予感がしてきたようです。
申し込んだ後、フランス語の先生からこんな説明を受けました。
「まあ、B2は一応フランスの大学にもついていけるレベルと言われてるよ。新聞とかエッセイとか少し複雑な文章も理解できる前提。市長に要求を書くような作文課題が出るから説得力のあるフォーマルな手紙の書き方も知っておかないといけない。口頭試験も同じく。社会的話題について論理的に自分の意見をプレゼンし、その後に面接官との質疑応答ね。」
ママ「・・・え?これって、本気で勉強せなあかんやつ?」
しかも我が家では、試験までの2ヶ月半の間に、秋休み日本帰国2週間の予定が入っていました。
あかん、時間が足らんやんけ!と、焦るママ。
それでも、家族に迷惑をかけるほどのことでもないしと、日々のタスクは通常運行されておりましたが、心ここに在らず。
暇があれば、フランス語ニュースを聞いたり、対策本を開いてお勉強。
週末はとりあえず「ママ受験勉強宣言」をし、家のことはパパにバトンタッチ。
さすが腐っても昭和生まれの受験経験者。負け戦はしたくない。
だんだんと試験の傾向が見えてきたようで、作文力は順調に向上されていったようです。
ただ、口頭試験が・・・口と頭が・・・つながらん!
要求される決めのフレーズや単語は覚えたはずなのに、いざ話そうとすると全然出てこない!
こればっかりは付け焼き刃では太刀打ちできぬ!
らしいのです。
しかも「伊達に中年おばさんやってない」ことが仇になり、
人生経験が妙に豊かで、意見が一元的ではなく、何層にもなってしまう。
それでいて頭はしっかり固くなっていいるものだから
その意見をご自身のフランス語レベルに合わせ、噛み砕いて表現する融通が効かないらしいのです。
筆記試験で人知れず失敗するならまだしも、
人前で見苦しく失敗してしまうかもしれない口頭試験が、
怖くて怖くてたまらなくなったようで。
試験当日に試験官の前で何も言葉が出てこないご自分を想像しては、
その恐怖から、冷たくて嫌な汗が頭からにじみ出してくる・・・
そんな毎日を過ごされていました。
お勉強の休憩時には、
いつもなら絶対にママが観ないような漫画原作の日本のドラマーー
『のだめカンタービレ』やら『妻、小学生になる』を観て、ところどころ本気で共感し、涙まで流されているご様子。
次男坊ちゃん、まさかのママの涙に
「え!?これで泣いてるん?」と驚かれることが何度も。
ああ、ママ、完全にメンタルが不安定。
これが人間社会で言われる「現実逃避」という現象なのだ、と私にも理解することができました。
きっとママはご自分の人生経験が、試験に対するあの独特のプレッシャーをかき消してくれると甘く見ておられたのでしょう。
彼女の場合はお気の毒に、その逆でした。
むしろ、受験戦争や大学院で論文・口頭試問を準備をしていた、
あの頃のプレッシャーが蘇ってきてしまったようなのです。
ピアノの先生もこうおっしゃっていました。
「会社で多くの部下を率いる偉い立場にいる生徒さんでもね、少人数といえどもピアノの発表会本番となると怖くてたまらなくなるらしいんだ。やっぱり、僕たちの中には何人もの人格が存在するってことだよね。それを身をもって体験できるなんて、実に面白いじゃないか!」
ママ「なんも面白くないです!」
そんな余裕のないママを横で見ていたパパ、
「いい年してそんなに必死にならなくても。面白い人だねぇ。」
と、からかいながらも、口頭試験官役として練習台になってあげたり、
時間がある時は家事を手伝ったりと、しっかり応援してあげておりました。
そして、泣いても笑っても、"その日"はやってくるのが人生。
試験前日、坊ちゃん達がママにこんな言葉をかけておられました。
次男坊ちゃん、
「ママはたくさん勉強したんだから、きっとうまくいくよ!でも、うまくいかなくたっていいんだよ。どっちでも大丈夫なんだから。もうあとちょっとで終わりだよ!頑張って🎵」
長男坊ちゃん、
「今夜はもう早く寝な。ママはこれまで十分に努力してきたんだろ?今晩の勉強で合否は変わらない。それにもし緊張で眠れなくても大丈夫。俺の尊敬する格闘家も、試合前日に眠れなくても勝敗はそれまでの努力が支えてくれると言っていた。」
私はその時、人間親子の立場が完全逆転する瞬間を目にした気がいたしました。
ママだってその昔、人生を左右する試験を受けてきた学生だったはずですのに。
大人って、都合のいい生き物です。
もうすっかりその頃の気持ちを忘れて、分かった風に
子供達にいろんなアドバイスなんかしちゃったりして。
長く生きてるから、なんでも乗り越えて分かった気になってきてるけど、そんなことはない。
どれだけ大変だったかってこと、忘れてしまってるだけなんですよ。
「現場」はいくつになっても、誰にとっても大変なんです。
坊ちゃん達は日々、学校生活の中でいろんな勝負ごとに向き合って
その度に緊張したり、不安だったり、嬉しかったり、悔しかったり・・・
いろんな気持ちを抱きながら生きておられるんですね。
40代後半にして、
そんな現役中学生である坊ちゃん達のお気持ちをリアルに感じとられ、
日頃、無意識のうちに上から目線でかけられていた言葉を深く反省しながらも、
ご家族の温かい応援に支えられながら、筆記・口頭試験を無事に終えたママでありました。
その結果・・・めでたく合格!!!
全体的に予想以上の高得点(作文はほんまかいな?の満点)だったので
ママも驚かれて嬉しそうに周囲にご報告されていたものの、すぐに冷静に戻られ
「これを我が人生最後の語学試験とする。二度と受けない。」
と断言されておりました。
悲しいかな、その辺りはやはりお年でしょう。
合格という結果の嬉しさよりも、
そこに至るプロセスの苦痛の方が上回ったようです。
試験に向かうあの独特のテンションをわざわざもう一度生き直す必要はない、
この自分の限られたエネルギーは別のものに向けたい、と。
最後に、お年といえば。
私事で恐縮ですが、わたくしモカチーノ、11月11日で3歳になりました🎵
ママの試験直前でしたので、今年は手抜き感が否めませんでしたが
美味しいBrieチーズと鶏胸肉でお祝いしていただきました。

3歳になっても、ピチピチの現役女子犬です。
ママの奮闘を観察していて、ふと思いましたよ。
坊ちゃん達も、パパも、ママも、
みなさん誰しも、いくつになっても、
それぞれの「現場」で、現役なのですね。